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歴史を深く考える

前回のブログでも書かせて頂きましたが、KIHSの日本史の授業では史実だけを教えて暗記させるのではなく、なぜそれが起こり、そしてその結果どうなったのかという歴史の流れに重点を置いて授業を行っています。今回も少し授業内容を紹介したいと思います。

 元寇について

Q.なぜ元軍による3回目の侵攻がなかったのか。

日本史上、元軍が日本を攻めてきたのは2回です(1274年:文永の役・1281年:弘安の役)。ともに暴風雨が吹き荒れて元軍は撤退したとされています。ではなぜ3回目の侵攻がなかったのでしょうか。

フビライによって建国された元は急速に発展し、中国・朝鮮半島・更には東南アジア等、様々な国を飲み込んでいきました。しかし他国を攻めれば攻める程、兵は疲弊していきます。植民地化された国の兵が無理やり他国の侵略のために駆り出される事も珍しくありません。実際に日本へ侵攻してきた元軍の中には多くの朝鮮半島や中国出身の兵士がいました。2回の出兵で共に暴風雨により撤退した事で、極度の疲労や元に対する不満が高まり、それが反乱の要因となります。加えて他国への侵略も滞るようになり、やがてその綻びが縺れに縺れて元は衰退していきました。つまり、日本へ出兵する余裕がなくなったため、3回目の侵攻はなかったと言えます。

建武の新政について

Q.なぜ建武の新政はわずか数年で終わったのか。

平安時代が終わってから約150年間、天皇や公家は政権を武士に奪われていました。そんな鎌倉幕府も1333年に反幕派の武士らによって滅亡し、そして後醍醐天皇による政治が始まりました。後醍醐天皇は倒幕に貢献した公家や武士に褒美を与える事にしました。しかし天皇は武士に対して良い感情を持っていません。公家にはたくさんの褒美を与え、武士には少ししかあげませんでした。当然武士は天皇の政治に不満を持ち始めます。そうして足利尊氏を中心とする武士による時代へと戻り、建武の新政はわずか数年で終わってしまいました。

 

どちらの質問も答えを知らなければ困るというわけではありません。年代と歴史用語を暗記しておけばテストで苦労する事もないでしょう。しかしその歴史的事象がなぜ起こったのか、あるいはなぜ終わったのかを考える事で、歴史に対して興味関心が湧くのではないかと考えています。授業を受けている生徒からも、「用語は知っているけれど、それがどんな意味か分かっていなかった。」「歴史の流れが分かって理解が深まった」といった感想をもらいました。

歴史は人が歩んできた道そのものです。そこには様々な感情がこもっています。後醍醐天皇の政治も正に武士・公家に対する感情が大いに入っていました。そうした歴史を学ぶ事で教養の幅が広がると考えています。英語も大切ですが歴史を学ぶ事も同様に大切です。是非これからも頑張ってもらいたいです。

 

社会科・英語科 谷本浩瑛

 

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社会科・英語科 谷本浩瑛

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  1. 2009.12.24

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