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古代・中世仏教史と法然・親鸞の仏教観について

皆さんは法然や親鸞という人物をご存知でしょうか。

中学や高校の歴史の教科書で一度は目にした事があるかと思います。しかし彼らがどんな考えを持ち、それが日本の歴史にどのような影響を与えたかは意外と知られていないかもしれません。今回はそんな法然や親鸞について深く考えたいと思います。

仏教の歴史は古く、日本に伝来したのは6世紀初期であると考えられています。その仏教が国家仏教としての立場を確立したのは6世紀末期、つまり蘇我氏が物部氏宗家を滅ぼした時でした。仏教はその時代の人々のニーズに応えるため、様々な形で重宝されました。

どうして都は奈良から京都に遷都されたのでしょう?

疫病が蔓延していた奈良時代では、仏の力で病気を癒すため、聖武天皇の発願で東大寺に盧舎那仏(現在の奈良の大仏)を9年かけて造りました。

仏教の布教が進めば進むほど、新たな問題が生まれます。それは僧侶の社会的地位の向上です。中にはその地位を利用して政界へ入り、貴族に変わって政治をする僧侶が現れるようになりました。そうした政治の腐敗が原因となり、奈良の都は捨てられ、京都へ移る事になります。やがて仏教は特別な修行を積んだ者のみが理解できるという閉鎖的な考えが広がるようになり、更に平安時代末期になると浄土教が流行し始めました。数ある仏の中から阿弥陀如来のみを信仰し、死後に阿弥陀如来がいる極楽浄土へ往生する事を説いた教えです。このように、時代によって仏教観が変化している事が分かります。

源頼朝による武家政権が確立した鎌倉時代に仏教界では大きな変化が見られました。鎌倉新仏教の布教です。新仏教の布教に貢献した僧侶たちは、誰でも簡単に仏教の世界へ入れるよう様々な工夫をしました。法然や親鸞がその新仏教を広めた僧侶の中の1人です。法然は難しい仏道修行の過程を全て取っ払い、人々に「『南無阿弥陀仏』と唱えなさい、そうすれば阿弥陀如来があなたを救います」と説きました。仏教の教養がない人々にとってこの教えは非常にシンプルで簡単に実行できるものだったため、多くの人々が彼を支持しました。更に異端的な考えを持っていたのは親鸞です。彼は漁師や武士のような殺生に関わる仕事をしている人や、自力で仏道修行ができないような人々こそ救われるという考え方(悪人正機説)を唱えました。古代仏教の世界では造寺造仏・写経読経のような仏道修行に専心できる人が救われると言われていましたから、彼の考えがいかに異端であったかが分かるかと思います。

多くの人々に受け入れられた一方で、2人の仏教観は旧仏教派から大反発を受け、流罪を受けた事もありました。しかしそうした反発に屈する事無く独自の仏教観を貫き通した事で、後の仏教界に多大な影響を与えました。私が法然や親鸞の仏教観に惹かれたのは、旧来の風習を打ち破って新たな風を持ち込んだ事にあります。これはなかなかできる事ではありません。

現在日本では訪日外国人客が大きく増加し、街中で様々な言語が聞こえるようになりました。日本古来の文化や伝統を守っていかなければならない反面、こうした変化に対応するため、時には法然や親鸞が行ったような大改革が必要になってくるかもしれません。

KIHSでは1年次で日本史の授業があります。平安遷都についての授業を行ったときの授業の様子はこちら

社会科・英語科 谷本浩瑛

 

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